激寒!今年初のホープちゃんパーク・・・。
ホープ師匠と久々に待ち合わせた場所は、西新宿某所にあります通称「ホープちゃんパーク」
昨年は一年を通じて毎日のようにこの場所でライブのネタや歌作り、世間話をして過ごしました。(8割がた世間話してその後、サウナに行っておりましたが・・・。)
そんなホープちゃんパークに今年初めて師匠と会い、1時間余り喋りましたが、この寒空の下ですから師匠もごらんのように‘情けない顔’をして寒さをこらえております。
冷え性の北脇も何度もトイレに走って寒さを我慢していましたが、ホープ師匠曰く「俺も下手をしたら公園生活していたかも知れない。この先も何の保障も無いからここで生きて行けるように下見をしないとな・・・。そうなったら差し入れを持ってきてくれ!」と人生前向きで潔いのか後ろ向きで諦めが早いのかよく解らないご発言をします。
実際、ホープ師匠は若い頃から波乱万丈で、いつ死んでもおかしくないような人生を送ってらっしゃいましたから腹が据わってらっしゃいますが、その反面弱い部分もあります。
そんな所が舞台で異常な魅力を発して笑いを起こしています。
丁度この日もホープ師匠の師匠「レオナルド熊」師匠のお話になりまして「結核で入院して頭は白髪だらけ、胸に氷嚢を置いて点滴を刺しながら‘ケンジ~(ホープ師匠は当時ケンジと呼ばれていました。)俺、もう一回舞台に立ちたい!誰か相方を探してくれ~。テレビに出て天下を盗りたい!!」と寝たきりの姿でホープ師匠に頼んで連れて来られたのが‘石倉三郎’さんでした。
当時は奥さんに逃げられてお店を潰して病気の熊師匠を誰も見向きもしなかったそうですが、石倉さんは1年と言う約束で熊師匠とコンビを組み、後に「花王名人劇場」で‘やすきよ’などの名人を相手に大爆笑を取り、一気にスターダムにのし上がりました。
それが「コントレオナルド」であります。
ホープ師匠曰く「あの時に熊師匠は一度死んでいたんだ・・・。生き返った人間は強いよな・・・。あれ以上の苦しみは無いんだから。コントレオナルドの時の熊師匠と石倉は本当に鬼気迫る勢いだった。火事場の馬鹿力だね。人間は追い詰められると信じられない力を出すという事がよく分かった・・・。」と真剣なお顔で語って下さいました。
北脇も完全に聞き入っていましたが、何せ寒いので・・・。
「師匠、寒いのでもう帰りましょう!あっそう言えば3月24日は空けておいて下さいね。北乃脇バンドでライブをやりますので・・・。」と寒さの勢いに任せていいますと「分かった分かった空けておくよ!ライブでも何でも行くよ・・・。」と出演交渉成立!
と言いながら当日のその時間まで油断出来ないのがホープ師匠。
外はまだまだ寒いですが、ホープ師匠と北脇にも温かい春が近付いて来る気がしました。















