新聞らしきものを読みふけている男性・・・。
お馴染み「ホープ師匠」でありますが、以前よりブログでも告知をさせて頂いておりました「日刊ゲンダイ」の紙面にホープ師匠の記事が掲載されました。
それがこの記事だりますが、コーナーの名前は「あの人は今こうしている」と言うものであります。
過去のことや交友関係等をあまり語りたがらないホープ師匠ですが「ホープちゃんライブの告知、集客の為なら・・・。」と我々の事を思って引き受けて下さった登場でありましたが、結果としては非常に良心的で悲壮感など全く感じられない面白い記事に仕上げられておりまして、師匠も‘ホッと’したお顔で読んでらっしゃいました。(それでも普通の一般の方が読まれれば刺激が強く、波乱万丈な人生を送られたと思われる事でしょうけど・・・。)
「見てみろよ!北脇の名前も書かれているじゃないか。これから君が周囲からマークされて注目されるようになって欲しいからね。良かったよ・・・。」としみじみおっしゃるホープ師匠。
そのお言葉を聞いて北脇もやる気が出て師匠に付いて行こうと思いました。
‘付き人にしているミュージシャン北脇貴士ってヤツ 云々・・・’と書いて頂いております。
今回の記事を書かれたライターの方は勿論、様々な方々から「北脇はホープ師匠の‘弟子’なのか‘相方’なのか‘付き人’なのか‘団員’なのか・・・。」などと質問される事が多々あるのですが、当然‘相方’ではありませんし、‘弟子’入りさせて頂いたとも思っておりません。
師匠は北脇と初めて会った時に「俺に一年付き合えよ!金ないけど面白いことをしよう!そして俺を好きになれ。俺も君を好きになるから!!」と言われて今日に至っております。(約1年4ヶ月・・・。)
周囲の方々は「師匠の新しい‘オモチャ’」と言いますし、北脇としては「師匠の新しい‘妾’」のような立ち位置で尽くさせて頂いております。
とにかく師匠から新しい刺激や楽しみを分け与えて頂いている北脇なのであります。
「俺だよ!今から女優の面接をするんだけど、よかったら来いよ!」と2~3人立て続けに電話をするホープ師匠。
そのまま師匠と喫茶店に行った北脇。
そこで待っていたのは・・・。
師匠のお弟子さんで、コント青年団 青木イサムさんであります。
「この記事読んでどう思う?率直な意見を聞かせて欲しい!」と青木さんに意見を求めるホープ師匠。
「写真が素晴らしいですね~。そして新しい事に挑戦して今も動き続けていると言うのが伝わりますよ!師匠の同期や一緒に活動していた方々は‘雇われ店長’や完全に引退した人も大勢いますからね・・・。ライブの事や年末のツアーの仕事の事まで書かれているし最高ですね!」と普段冷静な青木さんも少しテンションを上げながらお話して下さいました。(記事には‘今のボクはミュージシャンになるの。’と書かれているのが非常に面白いですね~。)
そんな時にタイミング良く・・・。
面接予定していた女優さんが現れました。
9月、10月のホープちゃんライブに女優として出演出来るかどうかを面接した訳でありますが記事を読む女優さん「師匠は波乱万丈な人生だったんですね・・・。」と言葉を選びながら師匠に問いかけましたが、「そうなんだ、実は君は別れた女房の若い頃にソックリなんだ・・・。フェリス女学院大学のお嬢さんでね美人だった・・・。なぁ青木、彼女似てるよな~。」とホープ師匠。
20数年ホープ師匠を見てこられた青木さんも少し感傷的になりながら前の奥様のお話をして下さいました。
「よし!今日から君は‘フェリス 智美 ピンク’と言う名前だ!9月10月のライブ頼むよ!」と合格した上に芸名まで付けられました。(凄い名前でありますねぇ・・・。)
非常に清楚で美しい‘フェリス智美ピンク’さん、その容姿と名前のインパクトで人気者になる事でしょうね~。
ちなみに「コント青年団」はホープ師匠が命名しました。(それまでは‘シリアルパパ’というコンビ名でした。)
青木さん曰く「お蔭で全国の青年団がらみの仕事が舞い込んで来ました!」との事。
そして「ゆーとぴあ」というコンビ名は「ポール牧」師匠が付けられたそうであります。(名前の由来も聞かせて頂きましたが、ここでは書く事が出来ません。いろいろございますからね・・・。)
容姿端麗で話術もあってほーぷちゃんライブの‘華’になってくれることでしょうね!
師匠からも「彼女に歌わせる曲を考えて欲しい!」と言われました。
北脇も腕が鳴りますね~!!
そんな時に!
師匠の一番弟子「西田ぼん」さん登場!
「師匠!良かったね~。こんなに書かれて。ところで‘ホープちゃんライブを東京スカイツリーへ’の企画ね先方から正式にオファーあったよ。これから忙しくなるよ~っ!!」と吉報を持って来て下さいました。
今まで‘詐欺師’や‘ヤマ師’と言われていたぼんさんですが、今回のお話は本当のようで、かなり具体的なお話をして下さいました。(しかも年内ですよ!)
「いや~良かったね師匠・・・。師匠はもう一回世の中に出て行くんだから。」としみじみ新聞を読むぼんさん。
このような師弟関係を見ると北脇も幸せな気分になってしまいます。
「ホープ一門」で昔話に花を咲かせていました。
ちなみに西田ぼんさんがかつて組んでいた「ぼんと正月」のコンビ名もホープ師匠が付けられました。
更には、ホープ師匠の師匠であります「レオナルド熊」師匠が組んでいた「コントレオナルト」ですが、以前は「ラッキーパンチ」と言うコンビ名でした。
そのコンビ名はやはり「ポール牧」師匠が付けられたそうです。(当時は‘ラッキー熊’‘パンチ石倉’と言う名前まで付けられたそうですが、ブレークしてから直ぐに名前を‘レオナルド熊’‘石倉三郎’に戻されたとの事。その経緯はここでは書く事ができません。まぁいろいろございますからねぇ・・・。)
日刊ゲンダイに記事が掲載されてからホープ師匠の元に仕事の依頼が殺到してきました。(北脇の元にも‘11月の青梅塾のイベントはホープ師匠と北脇で!’とご連絡を頂きましたが、11・12月はホープ師匠と北海道に行っておりますので丁重にお断りをしました。是非またお声がけ頂きたいですね!)
「ホープちゃんライブを東京スカイツリーへ」の事を我々に伝えて「俺、人を待たせているから先に帰るけど、師匠頼みますよ!北脇、バンドの皆さんにもスケジュール伝えておいてよ!」と言ってお店を出たぼんさん。
数分後、師匠のタバコを買いに店を出た北脇が見たのは・・・。
車の助手席で‘こ~んな事に’なっている西田ぼんさんでした。
「ホープちゃんライブを東京スカイツリーへ」の話は本当にダイジョウブなのでしょうか・・・!?(それにしても馬鹿過ぎますよねぇ~。そんなぼんさんを北脇は大好きなのであります!)
とにかく、日刊ゲンダイに掲載されて風向きが変わってきている気がしております!